『徳川家康』第9巻を読み終えて!

『戦』に敗けたのではなく『絆の強さ』に敗けた!

 

2月も最終日となり、だんだんと暖かくなって

きましたね。

毎朝『チュンチュン』という『雀の大合唱』が

訊こえてきます。『雀達』は、近づく春を感じ

取って、囁き合っているのかも…😀

 

隣のK泉さん家の壁に、巣箱があって、書斎の

窓から、巣箱の争奪戦を観ることができます。

キーボードを打つ手を止めて、窓の外を観ると

目も休まり、ほっと一息して愉しめるんです。



趣味の読書『徳川家康』は、第9巻を読み終え

ました。

9巻目というと、『豊臣秀吉』の死後、豊家を

守ろうとする余り、『石田三成』が、ますます

孤立化して往き、やがて『関ヶ原の戦い』で、

『家康』が大勝利を修め、天下への足掛かりを

築いていくあたりです。

読み進めて、心に響いた一節を紹介しますと…

 

三成が大敗を喫して、激しい腹痛を押しながら

逃げ廻っている時に、佐和山城にいた彼の父や

妻子は、炎にまかれて、息絶えていた。

 

捕らえられても、開き直っていた三成だったが

家康は、彼の身柄を『鳥居成次』という若者に

預けた。

この成次は、三成に攻められ、伏見城で勇敢に

戦い、憤死した『鳥居忠吉』の遺児であった。

 

三成は、天下分け目の戦の首謀者として、名を

残しつつ、処刑されるつもりだったが、父の仇

として討たれるだけ…と思い、落胆していた。

成次の陣屋に連れられてくると、その周りは、

『竹矢来 = バリケード』で囲まれていた。

 

成次は、深い怨みがあるにも係わらず、三成に

湯浴みをさせて、着替えをさせて、彼の好物で

あった韮雑炊を与えて、『もっとお膳を飾ろう

と思ったが、魚鳥は却って心ないと遠慮した。

ごゆるりと』と云って、座敷を出て行った。

 

三成は、彼の『魚鳥は…』の言葉をはじめは、

腹痛を配慮したものと理解したが、彼を呼んで

尋ねてみると、『 (三成の) 父や妻子の初七日に

魚鳥は心ないと思って…』との発言であった。

 

彼の心遣いに感心した三成は、気を良くして、

『処刑させるのか? 切腹をさせる気か?』

と、尋ねると『 (私が) 処刑しないし、切腹させ

ない。そんなことをしたら、上様 (家康) に叱ら

れる。明日、ほかの者に身柄を引き渡すことに

なっているので、ごゆるりと』

 

そして、『貴殿は、父の仇敵ではない。もっと

大きな東軍、すべての公敵の大将でござる。

父は貴殿と争って、死んだのではなく、天下の

ため、孤塁を死守して、果てたのだ。』

 

さらに、『敵とはいえ、同じ武将、その扱いに

手落ちがあっては、上様の武士道も、われ等の

武士道も立ちませぬ。

それでは後々まで、笑われまする』…と。

 

しかも、陣屋の周りの竹矢来は、三成を逃がさ

ないためではなく、彼を斬ろうとする不心得者

から、守るためのものであったのだ。

 

三成は、このような立派な家臣を持った家康が

さぞ羨ましかったと思います。

そして彼は『戦』に敗けたのではなく、家康と

家臣達との『絆の強さ、深さ』に、敗けたのだ

と思いました。

 

ところで、なぜ家康は、一夜の身柄を成次に、

預けたのでしょうか?

 

成次に、憎しみと慈しみの狭間で、さらに精神

の鍛練を促すためだったのか?

それとも、三成に対して、戦がもたらす悲しさ

を感じさせ、反省を促したかったのか?

 

私が想うに、三成に家康のまごころ『双方とも

私心から、争ったのでははなく、人々の安寧を

もたらすためのみ』を知って、清らかな心持ち

になって、愛する父や妻子のもとへ、旅立って

もらいたかったのでは?と…😀

squid-angler-55.hateblo.jp

 

            本日は、この辺で。