満たされないではなく、月が満ちるように、自ら動くこと!
『森 絵都』さんの小説『みかづき』を読んで
みました。
ネタバレしますが、冒頭を少し紹介しますと…
64年前の昭和時代、『大島吾郎』は、放課後
用務員室に集う小学生達に勉強を教えていた。
子供達の学習意欲を湧かせる彼の才能を知って
『赤坂千明』は、強引に説き伏せて、ふたりで
『学習塾』を立ち上げる。
千明は、教員免許を取得して、教員を目指して
いたが、文部省が推し進める『教育の改革』が
軍国主義への逆戻りでは?との疑念が湧いて、
国の監視下ではない、自由な土壌で、子供達の
知力を育てたいと、家庭教師をしていたのだ。
塾の経営は、高度経済成長の波に乗り、順調に
成長していくが、生徒獲得をめぐる同業者争い
教育方針の変更、少子化と、度重なる難題に、
吾郎夫婦、3人の子供達、その孫達の3世代が
時にはぶつかり合いながらも、協力し合って、
奮闘を繰り広げていく。
勇猛果敢に『理想』を追い求めた千明でしたが
往く先々で障壁に阻まれて、満たされることの
ない『現実』との『ギャップ』を『みかづき』
に例えたのでしょうね。
やがて彼女は、気づくのです。ギャップがある
からこそ、成長があることに…。きっとこの先
子供達、孫達が研鑽を積んで、理想に近づけて
いくだろうと。そして、『満月』のように心が
満たされたのでしょう。
この物語を読んで、昭和から平成に至る『学校
教育』の変遷と、課題を想い起こしました。
教育に限らず、満たされないことを嘆くのでは
なく、みかづきが『満ちる』ように、自ら動く
ことですよね。
本日は、この辺で。